pop life

 

ワッツア!

 

暑中お見舞い申し上げますです。

お盆休みいかがおすごしですか?

ここ三宿ブッダプロダクションズ、

クライアントの皆様がバカのひとつ覚えで日本の通例にならって夏休み中。

ということで、弊社も今週後半から久々のノンビリモードでございます。

整体に通って肩と背中のマックス・ペインが回復したのはいいけど

スポーツジムがまさかの一週間休館なので身体がなまっちゃってしょうがない。

 

「ランニングくらい公園でできるじゃん?」

 

って言われてもさあ、いやー

やっぱ恥ずかしくない?あれ。大のオトナがハァハァと。

 

近くの世田谷公園は一周ちょうど1km。朝や夜にランニングしてる人も多いんだけど

そのほとんどの方々が、

てかお前ら歩いてるより遅くない?

的な、早朝の公園の太極拳みたいなぬるたいノリなので、

あそこで走っても競争が無い(←そんなもん必要か?)から速くならないと思うんだよね

もっとジムでタイム刻んで玄人っぽくなってから

満を持しての公園デビューにしたいとプランニングしているところ。

 

ちなみに...

本当の本当は、純粋な中国拳法としての太極拳は超強いらしいです。

少林寺拳法黒帯のおれもお手合わせしたことはないのですが。

Shyheim / SHOALIN STYLE(←少林スタイル、ね)

 

と、いかにしたら

流行る前から普通にランニングやってたよ?感

を醸し出せるかをブツブツ考えながらも、

やっとすませました!

 

 

梅の天日干し作業を!

3日3晩太陽の下で干すんだけど、ゲリラ豪雨が気になって気になって.....、

結局3日間外出しませんでした...

で、干して水分がとび、シワシワのキンタマみたいになった梅を

もう一度梅酢に軽くつけて保存容器に並べ、冷暗所にて保存するわけです。

去年漬けたやつもまだ塩気がとんがってるので

できたら3年くらいは保存しておきたいもの。

 

+

 

さて先日、

おれ(BDAPのほうね)の作品を販売してくれてるギャラリーに遊びにいったところ

社長のTさんが言うんです。

「さいきんPOPARTがまたキテるんだよネ〜〜

まあTさんの言ってることは2/3以上聞き流していいと心の底では思ってるんだけど

何かひっかかって、行ってきましたよ乃木坂に。

そう国立新美術館「アメリカン・ポップアート展」へ。

 

 

うん。

で、感想をひと言。

「こんなもんは散々見たわ!」

 

あ、すいません、

実はおれ今日もまたひどい癇癪をおこしています。

みなさんご存知なのかわかんないですけど、

通常の美術館って国立や市立などは言うに及ばず、

企業経営(サントリーとか森ビルとか)だろうが個人経営(青山の根津さんとか品川の原さんとか)だろうが

買い付けたコレクションをそこが保有していて、そのセレクションで売りや個性を出しているわけじゃないですか。

(もちろん国立とかは大量にルーブルやプーシキンから借りられる、とかはあるにしても)

 

でもここ国立新美術館ってのはコレクションをいっさい持たず

そのときどきの企画に合わせた作品を「どっかから借りてくる」というスタンスの

いっぷうかわった美術館なわけですよ。

(最初に企画ありきなのか貸し主=ビジネスありきなのかよくわかんないけどネ)

これが〜コストパフォーマンスを徹底した新しい美術館経営の在り方〜とか

どっかのバカ役人か御用アドバイザーが企画書に書いたんだかなんだか知らんけど

そのせいでというか、それ以前にというか

ここの展示、い〜つも超しょっぱいんだよね

 

今回のポップアート展の展示作品はすべて米国コロラド在住の

ジョン&キミコ・パワーズさん夫婦のコレクションをどさっとお借りしてきたらしいのですが

「アメリカのポップアート」と銘打つにしては明らかに内容不足しかも偏りが激しすぎなのです。

前半、大量のラウシェンバーグのリトグラフにダレッダレ。心の中で恨み節、いわく

「(ラウシェンバーグはもっといいのがあるでしょ....!俺好きなのに...!)」

 反してジャスパー・ジョーンズはシルクスクリーン作品(しかもイマイチ)がほんのちょっとだけ。また心の中で

「(「ターゲット」も「アメリカ国旗」もシルクだけじゃ意味捉えられない!ダメ!絶対!)」

 

やはりというか、人でごったがえすのウォーホールの展示室は

もーいいかげん見飽きたお馴染みマリリンとマオ沢東と花と電気イスの連作。

こんなもん25年前そこらのギャラリー(=美術館ではないよ)で全部たわ!

本展示の最大の売りであるらしいキャンベルスープも、「ああ。はい」って感じ。

 

 

リキテンシュタイン作品はおれ個人的に超大好きな作家(ウォーホールよりも)なので

それなりに喜びましたが(やっぱ一番、「圧」を感じるんだなー)

でもこの「鏡の中の少女」以外はどうにもヌルたい作品セレクションでしたね。

 

 

間違いなくおれの全人生のワースト展覧会でしたが

百万歩譲って、ポップアート初体験の若い人たちがその存在を楽しめればいいのかなと

つとめて優しい気持ちになろうと思ってたんです。

 

でもおれの怒りはウォーホールの展示室でついに頂点に。。

マリリンを横2列、縦に4枚(5枚だっけかな)並べてたんですよ。

もったいないというかおかしな展示の仕方だな,,,,、マリリンのインパクトぜんぜん発揮できてないよ、

スペースの都合なのかなと首をひねりながら、次の展示室に移動すると

この作品群の所蔵者パワーズ夫妻の肖像画の数々 by ウォーホールがまるまる一室使って展示されていたんです。

お前らはウォーホールの代表作マリリンの真価をフルパワーで日本の若いコたちに楽しんでもらうことより

自分たちが描いてもらった肖像画を自慢するほうが大事なのかい?

セレクションの目も無い三流金持ちのくせに芸術の守護者気取りかよ、このゲス野郎が!

 

自己顕示欲旺盛なこの夫婦のことが一発で嫌いになったし

この美術館とパワーズ夫妻パワーバランス(うまい!)がかいまみえて、

「私たちの肖像も展示しなきゃ作品は貸さないザマす!」か言われて

気の弱いキュレターがヘコへコ媚びへつらった結果なんだろなあ....いや想像だけどね

その弱腰っぷりが新しい美術館の在り方〜なのかよ、ええ?国立新美術館よお?

国立新美術館さまよお?

....いや想像だけどね

って非常に不愉快な気持ちになったとです。

 

ということでこれがキミコ・パワーズさん BY アンディ・ウォーホールでした。

 

(ポップアート人気が落ち着いたあと、ウォーホールは安定した収入源として肖像画制作をしていた。

それはキャンベルスープやマリリンやマオなどを描いた「POPART的」モチーフ選別法とはまったく違って、

要は金さえもらえば興味ない人でも誰でも描いた。これは一般に意外と知られてない事実。

「ウォーホールがおれを描いてくれてさあ」とか言ってまわってた坂本龍一も同様。アンタちゃんと金払ってんじゃん...)

 

まあ冷静に考えて

見るべきものが一切無かったとはいわないけど、

これが「アメリカのポップアート!」って一括りにして胸はってんのは、

地方とか個人経営とか潤沢な予算のとれない美術館ならいざしらず

華の東京・六本木の美術館の宣伝文句として誇大広告、ハッキリ言って詐欺だと思うし、

1500円は高い、高すぎるね。300円、もしくは無料でいい。(パワーズ夫妻の展示室はむしろ金もらいたい)

 

ここからは今回の企画展の内容とは関係ないけど、

それにしても、ああ、国立新美術館よ....。

ここの展示室の安普請は、そこらのオフィスビルの会議室レベルだし

展示の工夫の無さは毎度毎度哀しくなるくらいショボい。

 

芸術家という一個の人間がいわば一生を捧げて創った素晴らしい芸術作品を、

それを扱う同じ一個の人間たちがここでは貧乏臭く貶め辱めて顧みることがない。

芸術に敬意を払わない美術館なんて何の価値があるのか?

黒川紀章作のそれっぽい建築も、カシワさん作のかっこいいロゴデザインも、

オシャレなカフェでVOGUEとタイアップすんのも別にいいけど

なによりも

なぜグッゲンハイムが、オルセーが、ポンピドーのMMMが、原美術館が最高なのか、

ここの職員や関係者にはそれを真摯に考えてもらいたいです。

 

+

 

はあー。怒りを通り越してやる気なくなるわこの美術館行くと...

さて気をとり直して、

ポップアートの話でもしましょう!

 

お前ら家畜人ヤプーでもPOPARTってどんなものかくらいはなんとなくわかるよね?

端的におれなりの言葉で説明すると

「美」からもっとも遠いと思われる、ありふれた「大衆的」なモチーフや技術を用いた芸術ムーブメント

(芸術ムーブメントを芸術ムーブメントと置き換えても可。←ここ重要

 

哲学者・思想家である佐々木中氏の著作内の言葉を切れ切れに拝借させていただくと

「NEW」を創り出すことこそが美術にとっての永遠不変の正義であり、

芸術家たちは長きにわたってそこに腐心し、そこ情熱を燃やし、そこで挫折してきた。

そこに突如現れた

「NEWじゃなくてええやん

FRESHでええんやん、むしろ!逆に!」というアッケラカンとした概念。

NEWじゃなくFRESH、オリジナルよりレディメイド。オートクチュールじゃなくプレタポルテ

だってそれらを選ぶことがおれらが住むホントの世界だもん?〜

以上がPOPARTの基本的概念です。

 

 

POPARTは技法までもが“大衆的”。

いかにも「芸術的」と思われる、油彩の厚く盛ったマチエールや微妙な絵具の塗りあと、

そういったエモーションをも、POPARTは常に斜めから見ます。

シルクスクリーンやオフセットなどの「印刷(=非美術)」を好んで用いたり(もちろんウォーホール)

ブラシストロークやドリップをいわばパロディ(=批評)として用いたり(リキテンシュタインだね)

とにかく従来の芸術的権威をあざ嗤い、古くダサいものとして徹底的に貶め息の根を止める

その死屍累々の荒れ果てた場所から再スタートを切ることで、

なんとか芸術を芸術家たちの手に取り戻す(大衆に、ではない←ここ重要

そんな、ポップという表皮をまとった一種の暴力革命のようなムーブメントだったのではないか、

当時産まれてもいなかったおれはロマンを持ってそうとらえてるわけです。

 

と、

ここまでは文献とか図録とか読んだり、作品の写真を見ていったらわかります。

でもここからが重要。

「大衆芸術」「斜にかまえる」「既存の芸術的権威をすべて嗤う」

などの文言を文字で読むと

技術的に未完成(あくまで表層的だけどセックスピストルズ的な、と言おうか)なものを良しとする、とか

もしくは意識的にテクニックの誇示や習得から逃げたもの/避けたものと想像しがち。

いわば芸術家でなくても作れる芸術=ポップアート、という考え方。

これは作家たち自身(てかウォーホールだやね)がそういう喧伝を意図的に発信してたっていうのもあり、

それをそのまま受け取って

「芸術は自由になった」とか

「芸術がやっと大衆のものになった」

などと結論を出すことはこれまた正鵠を射ていない。というか実は大間違いなのです。

 

ポップアートの名作とギャラリーや美術館などで実際にむきあう

その作品の持つに文字通り圧倒されるんです。

おれは無神論者かつ理性で物事を判断するいわゆる近代的な人間なのですが

でも、というかだからこそ、というか、

超マジ顔で大汗かきながら

 

どうだ!これがいいんだ!

お前らにこれができるか!

 

って、絵がこっちにものすごい強さでブッ込んでくる感じが伝わってくるんですよ。

いかに技法を近代的にしても、いかにモチーフから感情を排しても、むしろ

「圧」とか「強さ」が圧倒的な純粋さを保ったまま消えずにあるというかね。

それは作家の魂なりエモーションなりが作品に埋め込まれて、っていうロマンチックな意味ともちょっと違うんです。

うーんここから先はうまく言い表せない、

絵が持つ「圧」とか「強さ」って言葉しか今は思い当たらない。

そのは、ピカソが、ベーコンが、ゴッホが、ルドンが、ゴヤが、雪舟が、エル・グレコが、ダヴィンチが、

とにかく世界のグランドマスターたちが描き残したいわゆる“名画”に一歩も引けをとらない。

だからポップアートは凄いんです

 

誰かの文章で読んでうろ覚えなんだけど

ウォーホールは「こんなレディメイド作品なんて誰が作っても同じだよ」とうそぶきながら

夜中のファクトリーで自らシルクを刷ってチェックしていたとか。

 

+

 

 

これに先立ち50年前のダダイズム(反芸術)というムーブメント内で

マルセル・デュシャンという早すぎる天才が実はPOPARTの概念を完全に先取りしていた、とか、

1960年代後半からPOPARTは、急速に勢いを増すサイケデリック・ムーブメントにあくまで上っ面の部分で取り込まれ、

物質文明讃歌(であり批評)という当初の立ち位置から、精神世界&ドラッギーな表現に変質してゆき...、とか

ポップさにプラスしてアウトサイドかつフォークロアなアートグラフィティがNYの一流ギャラリーでひっぱりだこ....、とか

POPART的発想を音楽に置き換えたHIPHOP誕生の話とか......

POPARTを起点軸として語りたいことは尽きないけど、それはまた次の機会に。

 

 

ポップアートとは単に近代芸術史のターニングポイントであるってことにとどまらず、

古代の洞窟画にはじまり、脈々と続いてきた絵画の歴史や成り立ちのなかで

「いったい芸術って何なんだ?」

もっと言うと

「モノをつくるって何なんだ?」

これほどこの問いを、今も変わらず豪速球で(しかも澄まし顔で)投げかけてくるものは

他に無いと言いきっていいんじゃないか。

おれはポップアートがある世界に産まれてホントにラッキーだったなと思ってます!

 

+

 

さて

フォローの時間です。

散々コキおろしたので最後に国立美術館(てか国立美術館でいいじゃんね?)いいところをひとつあげておきます。

B1のミュージアムショップにて、

わたくし斉藤啓がブックデザインを担当したJAPAN PICTORIAL PORTRAIT 販売中!

うん、本選びのセンスは及第点ものだよね