輝け三宿映画祭2011 ベスト1!

 

ワッツア!

 

2011三宿映画祭。ようやく1位発表。

といっても....

去年決定した上半期第1位作品がけっきょく不動の強さを誇りました。

 

なので今回の映画評は

去年5月24日のブログをそのままコピペ、

それに若干修正&加筆をくわえた、軽〜い感じにしますんでよろしく!

(そう、手抜きです)

 

+

 

第1位は

アンチ・クライスト

(ラース・フォン・トリアー 2011公開 デンマーク ドイツ フランス スゥエーデン イタリア ポーランド)

 ストーリー概略:子供を転落事故で亡くして以来、心を病んでしまった妻。

セラピストの夫が治療を試みるため、2人は森の中へ深くわけ入ってゆく

 

さきごろカンヌ映画祭で“ヒトラー擁護発言”をかまして(Youtubeで見れます)

映画祭から追放されちゃったお騒がせ監督、ラース・フォン・トリアー。

代表作はビョークの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「ドッグ・ヴィル」になるのかな。

その挑戦的な作風はつねに賛否両論が巻き起こる問題作だらけ。

 

三宿映画祭第3位の「ゾンビランド」2位の「息もできない」は、(註:傍線部分は上半期の順位ね)

それぞれが劇中で定義されたリアリティを観客とまず共有して、

それからちゃんとストーリーテリングが語られる映画。いわゆる娯楽映画

誰が観てもストーリーを理解でき、安心して楽しめる。

 

が、本作はそうゆう娯楽映画のルールや、

さらにいえば既存の映画コンテクストでは語りきることができない映画です。

おれの筆ではなかなかうまく書きあらわせないんですが...

 

あえてゆうと「映画」とゆう芸術に内包されるもの

---映像・物語・撮影・音楽・音響・美術・演技・衣装などなど---

これらひとつひとつの構成要素の可能性を、限界までフルに使って、

単なるストーリーテリング以上の体験をさせてくれる映画というか。

映画鑑賞というより、

異世界に招き入れられる感じ?とでもいうか...。

お祭りの見世物小屋に入ったら、そこはほんとうの魔界だったというか....。

 

+

 

総合芸術としての映画がもつ未知数のポテンシャルをナイフでえぐり出し、

血まみれのそれを手に掴んで、

「どう?」

と、トリアー監督に真顔で見せつけられる感じで、

よくも悪くもこのアクの強さにドン引きする人も多いかもしれない。

 

監督個人がどうしても語らなければならなかったことや、

監督のトラウマから生まれた狂気じみたイマジネーションをすべてブチ込んだ超個人的な作品、

ってとこは、ヤン・イクチュン監督「息もできない」とまったく同じ映画論なんだけど、

出来上がった両作品は、まったく違うアウトプットになるんだなー、と驚きました。

(註:「息もできない」は年間ランクで10位くらい)

 

 

そして本作は全編にわたってかなり神話的に、象徴的に、エロチックに、

人間のゾーンを遥かに超えた領域で、女性論そして男性論が語られてゆく。

これってヘタすると

「シュールだよね」とか、

「哲学的だよね」とかの

やっすいひとことで片付けられかねない映像なりテーマなんですが、

映画じたいの語り口やクオリティを絶対に破綻させず、

しっかりとエンタテインメントに仕上げたのが、

ラース・フォン・トリアー監督の凄まじいバランス感覚といえましょう。

娯楽という概念がぶっ壊れているのが映っている!

 

 

今回のアンチクライスト論、具体的なストーリー描写は避けます。

てか全編にわたって

「これでもか!」

とくりだされる圧倒的な映像。

その理由や謎を、各シーン各シーンどうしても自分なりに解釈したくなるの映画なので、

ものすごい長文になっちゃうんです

いや、この作品に歯が立たなくって逃げたわけじゃないってば!

 

 

じゃ、ここだけは言っとく

プロローグ、いきなり夫婦がセックスしてるスーパースローの映像と(「告白」よ、見習え!)

シャルロットゲンスブールのハード自慰シーン(ナタリーポートマンよ、見習え!)

このシーンはとりあえずいろんな意味で必見!

 

で、“ボカシ問題”にも触れておこう。

日本公開時、前述のスーパースロー濡れ場シーン

クリトリスをハサミでカット!などかなり重要なシーンにボカシかけられちゃって

逆にラストの大量の女たちのところで

これはボカシなの?ボカシ無しなの?と混乱してそれがかなりのノイズになっちゃって

ストーリーの意味をちゃんと捉えられなくなるという由々しき問題が起こりました。

(ラストの女たちの“ボカシ”は、監督の意図通りの“ボカシ無し”なんですって。ってややこしいわ!

DVDまだ観てないけどやっぱりボカシ入りなのかな)

 

この無神経なボカシ問題、

近作では「僕のエリ 200歳の少女」でのあるシーンの“ボカシ”が、

キャラクター描写の意味を変えてしまって、かなり問題になったのは記憶に新しい。

 

残虐描写やハードな性描写に規制を加える“ボカシ”ならばある程度うなずけないことないけど(ある程度、ね)

ストーリーにノイズを与えてしまい観客を混乱させたり、

人物描写の意味を変えてしまうような“ボカシ”なら、

それは映画への冒涜であり、クリエイティブへのレイプ行為。

やっぱりダメだよ!

 

 

話をもどして....

いわばこの映画はホームドラマでもあり、恋愛映画でもあり、サイコホラー映画であり、

悪魔をやっつける英雄譚でもあり、超エロ映画であり、痛さ満載の暴力映画であり...。

森という自然と、人間の理性との戦いでもあり...。

3.11以降の視線で観るとまた違う視点で観ることもできそう。

見た人の数だけ意見があって、各人フォーカスするところが全く違っていそうな、

ある意味ものすごく懐の深い映画であることは間違いないにゃ。

 

う〜ん

ホラね?やっぱおれの筆ではうまく論じれなかったな

この映画の五感で感じる衝撃って、

乱暴に例えると3D上映の感覚に近いから、ぜひぜひ劇場で観たほうがいいよ

(註:もちろんロードショーは終わっちゃったけど名画座とかで定期的にかかるかもしれない)

家でDVDで観ると、ただストーリーを追わなきゃな感覚になっちゃって

本作の魅力が半減しちゃううかも。

何度も観てあーだこーだ考えたり、友達と論じあったりして楽しむには絶好の映画、

ということだけは言っておこう。

 

 

映画という枠をとび超えた圧倒的なショック体験。

小学生のときはじめて小松左京の小説を読んだり、

ガンダムやSWや未知との遭遇やブレランを見たときの

「なにこれ!?超スゲー!!世の中にこんなもんがあるんだ!!

いわば作品自体がクリエイティブ讃歌

そんな感動を与えてくれた本作アンチクライスト

三宿映画祭第2011、ぶっちぎりの1位!

です!

 

 

折に触れ観直して,

さらにアンチクライスト論(とくに今回触れなかったストーリーの解釈)を

ブラッシュアップしていきたいですな

フォン・トリアー監督新作メランコリアも楽しみ!